Crown and rose 1  



珍しく約束の時間より早く待ち合わせ場所に着いてしまったリョーマは、改めて周りに広がる景色に目を丸くしていた。

12月に入ると街中賑やかなディスプレイが目立つようになるが、待ち合わせ場所に選んだ駅前も例外ではなく、どこから運び込んだのか広場の中心に据えられた大きな樅ノ木が様々な飾りをつけて派手やかにそびえ立っている。

日本のクリスマスがこんなに大掛かりで派手だとは予想もしていなかったリョーマはいささか圧倒され、軽いため息をついた。

アメリカのクリスマスもそれなりに盛り上がりはあるし、華やかではある。

ロックフェラーセンターに毎年飾られるクリスマスツリーは結構な規模で、いかにも豪快な事の好きなアメリカらしいが、あれは新年明けても飾られており、クリスマスにしても宗教行事の一環として見られているから、こんなに誰も彼もが浮かれて祝うという雰囲気はない。

“日本人は寂しがり屋なんだよ。”

いつも以上に溢れかえった人波を見るうち、ふとアメリカでのクラスメートのひとりが言った事を思い出す。

 “結構、非日常的な事を好むくせに、皆と一緒でなければ不安がるしな。”

その言葉は日本人のくせに個人主義で、あまり友人など作らない自分に対する当てこすりかと思っていたが、この騒ぎを見れば納得だ。

軽く肩をすくめつつ、クリスマスツリーやイルミネーションに視線を走らせるが、すぐにそれは駅へと続く階段へと向けられる。

 らしくもなく落ち着かない気持ちを紛らわすために吐き出した息が白く煙る。

そんな息越しにじっと駅へと続く階段を見つめていたリョーマだったが・・・

 “いた”

約束の時間を少し過ぎた頃、駅に続く階段を降りる人ごみの中にようやくその姿を見つけリョーマは頬を綻ばせた。

階段を下りながら首を巡らせ、一生懸命自分を探しているらしい姿が嬉しくて、あんなに待っていたというのにどこかに隠れてしまいたくなる衝動に駆られる。

でもそんないたずらを実行する間もなくその瞳は自分を見つけたらしい。

安心したような、嬉しそうな表情を浮かべたその顔はやけに眩しくて、そのまま駆けて行きたくなる気持ちをようやく抑えながらリョーマはその人・・・不二をじっと見つめた。

「ごめん。待たせた?」

人ごみをかき分けるようにして早足で自分の下へとやってきた彼はすまなそうにそう言ってリョーマを見る。

 「混んでて乗るはずの電車に乗れなかったんだ。」

 「いいっすよ、別に。」

いつも不二を待たせる事が多い自分としてはそう強いこともいえないし、こうして会えたのだからそれでいい。

「・・・それより早く移動しません?」

 「え?」

 「ここちょっとうるさすぎ。」

・・・待つ事は別に平気だったが、不二の声も聞き取りづらく、自分の声さえわかり辛いこの喧騒と人込みにはいささか閉口しており、リョーマはそう不二を促す。

 「もしかして人混み苦手なの?」

 「・・・こういうの得意な人間っているんすか?」

うんざりしたように顔をしかめ、周りを見回し、リョーマは呆れたように呟く。

「全く、どっからこんなに集まってくるんすかね?」

 「でもこの時期はどこへ行ってもこんな感じだと思うけど・・・」

 「・・・マジっすか??」

そんな不二の言葉にリョーマは眉をしかめた。

今日は自分にとって少しばかり特別な日。せめてもう少し静かに過ごしたいというのに・・・。

 「まぁここは駅だし、いろんな店が集中してるからね。ここから離れれば少しは静かになるんじゃない?」 

 「・・・そうっすね・・・」

不二のとりなすような言葉にリョーマは軽く肩をすくめる。

 「先輩はどっか行きたいとこ、ある??」 

「僕?僕はどこでもいいよ。賑やかな所でも、静かな所でも。」

 「・・・そういうの主体性がないって言いません?」

 「柔軟性があると言ってほしいな。」

 「・・・はいはい。」

そんな不二の物言いにリョーマが苦笑し、その手を伸ばした。

 「行こう。」

そう言って行き先も言わず、自分の手を取って歩き出した彼の後ろ姿を不二は嬉しそうに微笑んで見つめる。

 “どこでもいいよ・・・君と一緒にいられるなら。”

先ほどは声にしなかった言葉を心の中で呟き、不二は自分の手を包むリョーマの手を少し力を入れて握ってみる。

少し遅れて同じように握り返してくるリョーマの手の動きに不二はその笑みを深くした。

 

 

予想通り、入ろうとする店はどこもいっぱいで、それを避けつつ移動していくうちに、気づくと街外れの公園にとやってきてしまった。

少し入りくんだ場所にあるせいか、今日という日のせいなのか、この小さな古びた公園には自分達以外の人影は見あたらない。

「ここは、静かみたいだね?」

打ち捨てられたようなベンチに腰を下ろしながらあたりを見回して、不二はちょっと笑った。

「賑やかなところのほうがよかった?」

人ごみを避けるように移動してきて、ようやく人気のない場所を見つけはしたものの、今度はその静かさにきまり悪くなる。

 久しぶりに会ったというのに飾りも素っ気もないこの場所はあまりにも不二に似合わない気がして。 

 「・・・何、急に寂しくなった?」

 「な訳ないでしょ?あんたがいるのに。」

 「・・・馬鹿・・・」

臆面もなくさらり、とそう言ってのけるリョーマに不二はくすり、と笑い、その目を細めた。

 「どうしてた?」

その唐突な不二の質問に、別に・・・といつものようにいなしかけたリョーマだったが、自分に向けられる優しい瞳に小さくため息をついて肩をすくめた。

「・・・あんたの事ばかり考えてた。」

いつもより素直に“敗北宣言”ができたのはやはりそれが隠しようもない本音だから。

・・・3年が部活を引退して数ヶ月。彼に会う機会はめっきり減った。

部活に忙しい自分と、受験生になった彼。会う時間はなかなか取れなくて。

「・・・僕もだよ。」

・・・てっきり軽くいなされると思っていたのに、返ってきた返事は思いがけず柔らかく優しく、リョーマの瞳が揺れる。

「・・・早く言いたかった・・・おめでとう・・・って。」

自分の視線に瞳を伏せてはにかんだように笑う不二の横顔はとても綺麗で。

前々からの約束だった今日。初めて指折り数えた自分の誕生日。 

早くこの人に会いたくて、そして・・・この人に早く近づきたくて

・・・早く大きくなりたい。この人が安心して自分の腕の中にいられるくらいに。

さらうようにしてその肩を抱き寄せれば、驚きに見開かれた瞳が自分を映す。

 「越前・・・?」

その瞳はやがて優しく細められ、笑みを刻んだ唇が小さく囁いた。

 「・・・お誕生日おめでとう。」

ありがとう、の言葉の代わりにその唇に自分のそれを重ねれば、不二は優しくそれに答えてくれた・・・

 

日が暮れるに従ってぐっと冷え込んできた外気に、さすがにじっと座っている事が辛くなって公園を後にした二人は何のあてもないまま歩いていた。

・・・もう帰ろう、その一言が言えないまま繋いだ手だけが暖かい・・・。 

 「・・・今ならまだ間に合うけど、どうする?」 

 「・・・え?」

不意にそう言われ、何のことか意味が分からず軽く目をしばたけば、不二はくすり、と笑う。

「プレゼント。誕生日の。」

「・・・ああ。」

ようやく話の流れが見えたリョーマは、首を巡らす不二につられるように周りを見回す。

いつの間にか街中へと舞い戻っていたらしい。華やかな光の只中、立ち並ぶ煌びやかなショウウインドウの列にリョーマは小さくため息をついた。

この賑やかな通りを抜ければ先ほど待ち合わせをした駅前へとたどり着く。

・・・たどり着いたら、離れなければならない。

「ここなら大抵のお店はあるからね、どうする??」

「・・・別に・・・」

時間稼ぎにでたらめな物をねだってみようかとも思ったが、結局そう答えた自分に、そう・・・?と不二はため息混じりにそう言って困ったように笑った。

「ま、急に言われても困るか・・・」

 「・・・困るのはあんたの方じゃない?」

 「え?」 

・・・本当は喉元まで出かかった言葉。それを飲み込んで素っ気無くそう返せば、

「言ってくれなきゃわからないよ?」

そう言って微笑みつつ自分を見る不二にリョーマは苦笑する。

相変わらず、こういう所は変わっていない。

引く事の嫌いな自分だが、この柔らかく無防備な態度には何度も籠絡された。

天然なんだか余裕なんだかわからない彼のそれに、初めはずいぶんとしてやられた、と思ったものだが、でもこれが自分にしか見せない表情である事に気づいてからは可愛げがあるものに映るようになってきた。

そう思えるようになったのは、そんな彼の揚げ足をたまにではあるが取れるようになってきたせいもあるのだが。

そんなに長くはないけれど、確かに一緒に過ごした時間を思い、リョーマはちょっと笑った。

 

・・・この人は覚えているだろうか。付き合いだして間もない頃、自分が口にした言葉を。

 

「絶対くれる、って約束したら言ってもいいけど?」

おそらくこんな自分の気持ちを知らないだろう無邪気な笑顔が愛おしく、切なくて、からかうようにそう返してやれば、

 「・・・いいよ。」

僅かの迷いの後、こくり、とうなずいた不二に、リョーマは軽く目を見開く。

 「聞かせてよ。君の口から。」

そう言う不二の目は真剣で、それにつられるようにリョーマもふっとその表情を改め、真っ直ぐに彼へと向き直る。

 

「時間。」

 「・・・え?」

 「オレが欲しいのはあんたと一緒に過ごす時間。オレだけを見つめてくれる時間。」

 

時間が欲しい。

付き合って間もない頃、何でもない会話に紛らわせてオレはあんたにそう言った。

時間なんかいくらあっても足りないくらいオレ達は忙しくて、そんな中で自分達のために割ける時間なんかほんの僅かで。

あんたしか与える事のできないもので、オレにとってはどんな物より事より欲しいもの。

・・・それを言った時あんたはこの上もなく綺麗な笑顔で聞いていてくれていたけれど。

  

 「今日は離れたくない、そう言ったらどうする?」

 「・・・」

 

その言葉に戸惑ったような表情をして自分を見つめる不二に冗談めかしてそう付け加えれば、視線を外し、不二は軽く俯いて。

そんな彼にリョーマは苦笑する。

無理な事とはわかっていてもつい言ってしまった思い。

でも伝えたかったから。

今も、そしてこれからもずっと、望んで求めてやまないもの。

 

そんな物思いを不二の呟きが破った。

 

「・・・いいよ。」

 

「・・・え?」 

 

唇に意味を刻みつつ、自分を見つめてそう言った不二にリョーマはその目をしばたく。

 「聞こえなかったの?」

戸惑ったような顔をしているリョーマに、不二はその笑みを深くして小首を傾げる。

 「いいよ、って言ったんだけど?」

 「・・・ってあんた、家は?」

思いもよらなかった不二の返事に自分らしくもなく言葉が揺れる。

 「ん?昨日父親が家に帰って来たんだ。そして今日は裕太が帰ってくるって言ってた。」

笑顔のまま事も無げにそう言う不二。

 「じゃあ、まずいんじゃん。」

 「うん、そうだね。」

 「そうだね・・・ってあんた。」

 「だって絶対貰うって言ったのは君じゃない?」

思わぬやり取りに焦るリョーマとは裏腹に落ち着き払っていたずらっぽい目でそんな彼を見つめる不二。

 

 「それに僕もプレゼント貰ってないからね。」

 「え?」

 「今日はクリスマスイブでもあるんだけどな?」

そう言って不二は笑うとその目を細める。

 

付き合って間もない頃、君が言った事。

それを聞いた時、つい笑ってしまった訳に君は気づいていたかな?

自分が思っている事と全く同じ事を考えていた君。

それがとても嬉しくて、幸せで、自分の気持ちを伝えるのを忘れてしまっていたけれど。

 

 「同じだよ、僕の欲しい物も・・・」

 「・・・え・・・」

「・・・君と一緒にいたい・・・」

 

何が欲しいの?そう聞きかけた言葉を遮るようにそう言って、小さく笑いつつ自分の手を握り返してきた不二にリョーマはその目を見開く・・・

 

 「いいの・・・?」

 「・・・うん・・・」

真面目な顔をしてそう聞けば、真剣な顔をして頷く不二に、込み上げてくる思いをリョーマは改めて噛み締める。

 ・・・大切にしたい、何よりも。

 

 「・・・好きっす・・・」

・・・不意に自分を抱きしめ、耳元でそう囁いた彼に不二は驚きつつも、その口元に笑みを浮かべるとその瞳を閉じる。

一瞬、躊躇したが、抱きしめてくる彼の腕の力の強さとその言葉に不二はゆっくりと微笑んでその腕をリョーマの背に回して。

 

大切にしたい物はいくつかある。でも、欲しいと思って手に入れたものはこれまでにたったひとつ。

 そのもののためには何を犠牲にしてもいい、そう思ってしまう。

 

 「・・・僕も・・・」

自分でも聞き取れない程に小さな声は、それでも彼の耳に届いたのか、自分を抱きしめる力が一瞬強くなる。

 

かりそめの、空気のような実体のないその“時間”を前に、しかし二人はお互いに幸せを噛み締め、祝いの言葉を掛け合った。

 

「・・・誕生日おめでとう。」

 「Merry Christmas.」

 

 


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これは以前カプリブルー様のところに期間限定で置かせていただいたものを加筆、修正したものです; 何か他に書こうかな・・・と思っていたのですが、個人的にもこの続きが気になっておりまして、ほこりを払って担ぎ出してまいりました。・・・結果的に大した事ない続きになってしまいましたが、気になる方は次にお進みくださいませ。